株式を証券取引所へ新規上場(IPO)する際、機関投資家向けのプレゼンテーションおよび質疑応答を内容とする「ロードショー」が行われます。ロードショーで機関投資家からヒアリングした内容は、株式の公募価格の決定に大きな影響を与えます。そのため、ロードショーへ臨むに当たっては、主幹事証券会社と協力して入念に準備を整えましょう。
今回はIPO時のロードショーについて、目的・事前準備・当日の流れ・ロードショー後の手続きなどを解説します。
IPO準備・申請期におけるロードショーの目的とは
証券取引所への新規上場(IPO)を目指す企業は、上場承認後、新規発行株式の公募を行うまでの間に「ロードショー」を行います。ロードショーとは、上場承認後に行われる機関投資家向け説明会です。会社の経営陣や主幹事証券会社の担当者が、短期集中的に複数の機関投資家を訪問して、自社の業績や事業戦略などのプレゼンテーションを行います。
IPO時にロードショーを行う目的は、直接的には機関投資家に対して株式取得を勧誘することです。しかしそれと同時に、「ブックビルディング」の価格帯を決定するためのヒアリングを行うことも、ロードショーの重要な目的とされています。
機関投資家に対して株式の取得を勧誘する
資金力のある機関投資家がIPO時にどれだけの株式を取得してくれるかは、上場予定会社や主幹事証券会社にとって重要な関心事です。機関投資家のニーズが高ければ、市場向けに販売する株式数を絞り、株価を高く維持することができます。
そのためIPO時に株式を取得してほしい機関投資家に対し、ロードショーを通じて、投資対象としての自社の魅力を説得的にアピールすることが重要になります。またロードショーでは個別の質疑応答の機会も設けられ、機関投資家側が抱いている疑問を解消し、株式取得へのハードルを下げることが試みられます。
機関投資家の意見を聴いて、ブックビルディング価格決定の参考とする
上場予定会社と主幹事証券会社は、株式の公募価格を決定するに当たって、独自に企業価値を分析して想定発行価格を設定します。しかし企業価値の分析結果が市場の感覚と乖離していると、予定していた株式数を売り切ることができなかったり、反対に安く販売しすぎて適正額の資金調達ができなかったりする事態になりかねません。
ロードショーでは複数の機関投資家に対して、上場予定会社の企業価値や株価に関する意見のヒアリングが行われます。機関投資家の意見を総合すれば、上場予定会社に対する客観的な市場評価が見えてきますので、公募価格を決定する際の参考となります。
なお実務上は、ロードショーの終了後、さらに一般投資家向けに株式需要のヒアリングを行う「ブックビルディング」という手続きが行われます。そのため、ロードショーでのヒアリング結果は、後に続くブックビルディングの仮条件価格帯を決定する際の参考資料として位置づけられます。
ロードショーへ臨むに当たって必要な事前準備
ロードショーは、IPOの成否を左右し得る重要な手続きですので、主幹事証券会社と協力しながら慎重に準備を行う必要があります。ロードショーへ臨むに当たって、上場予定会社と主幹事証券会社が行うべき事前準備の流れは、大まかに以下のとおりです。
想定発行価格の決定
ロードショーに先立ち、主幹事証券会社が中心となって企業価値の分析を行い、想定発行価格を決定します。
想定発行価格は、ロードショーにおいて機関投資家に提示する仮の株価です。機関投資家のニーズを正しく把握するため、客観的に適正と思われる企業価値をベースとして、想定発行価格を設定する必要があります。
なおIPO時の公募価格は、適正株価よりも20%~40%程度低く抑えられるのが一般的となっています。IPO後の株価変動に関する不確定要素が多く、投資家が大きなリスクを負うことを踏まえたリスク・ディスカウントが行われるからです。
想定発行価格についても、最終的な公募価格を意識して、適正株価から一定のディスカウントを行った水準に設定します。
有価証券届出書の提出
ロードショーでは、機関投資家に対して発行予定株式の具体的な勧誘資料を交付したうえで、プレゼンテーションや質疑応答が行われます。このような行為は、金融商品取引法上の有価証券の「募集」または「売出し」に該当します。
有価証券の募集:新規発行有価証券の取得申込みの勧誘であって、不特定多数の者に向けて行われるなどの要件を満たすもの(金融商品取引法2条3項)
有価証券の売出し:既発行有価証券の取得申込みの勧誘であって、不特定多数の者に向けて行われるなどの要件を満たすもの(金融商品取引法2条4項)
有価証券の募集または売出しを行う場合、発行者(会社)が金融庁に対して、事前に「有価証券届出書」を提出しなければなりません(金融商品取引法4条1項)。有価証券届出書の提出前に有価証券の募集または売出しを行うことは、「届出前勧誘」として違法となります。
そのため機関投資家向けのロードショーを行う際には、上場予定会社は金融庁に対して、事前に有価証券届出書を提出しなければなりません。有価証券届出書は、主幹事証券会社や弁護士などのサポートを受けながら、金融商品取引法の要件を満たす形で作成します。
ロードショー先の機関投資家の選定
ロードショーの目的に鑑みて、訪問先の機関投資家は、おおむね以下の基準によって選定します。機関投資家に関する情報は主幹事証券会社が豊富に持っているので、主幹事証券会社が中心となってロードショー先を選定するケースが多いです。
十分な株式数を引き受けてくれる可能性がある機関投資家を選ぶ
資金力や従前の投資性向などを考慮して、まとまった株式数を引き受けてくれる可能性があると思われる機関投資家は、ロードショーの訪問先として優先的に選定します。
投資性向のバランスが取れた顔ぶれの機関投資家を選ぶ
ロードショーのヒアリング結果は、ブックビルディングの仮条件価格帯設定の参考資料となるため、機関投資家の顔ぶれは市場ニーズを反映していることが望ましいです。
例えば特定の業界に対して積極的に投資する機関投資家をロードショー先として選定する場合、そうでない機関投資家もロードショー先に加えて、全体として投資性向のバランスが取れるよう調整・配慮がなされる傾向にあります。
ロードショー・マテリアル(資料)の作成
ロードショーにおいて、訪問先の機関投資家に交付する勧誘資料を「ロードショー・マテリアル」と言います。ロードショーを成功させるには、投資対象としての会社の魅力を効果的にアピールできるロードショー・マテリアルを作成することが重要です。
ロードショー・マテリアルは、金融商品取引法13条によって作成が義務付けられている「目論見書」の要約資料という位置づけになります。具体的には事業内容や過去の業績推移、強みや成長戦略などの「エクイティ・ストーリー」、想定発行価格などを記載します。
ロードショー・マテリアルの内容は、目論見書の記載と整合させなければなりません。目論見書に書いていないことをロードショー・マテリアルに記載してしまうと、金融商品取引法上の開示規制違反に該当するおそれがあるので注意が必要です。ロードショー・マテリアルの作成に当たっては、必ず主幹事証券会社や弁護士のチェックを受けましょう。
想定質問に対する回答の準備
ロードショーでは、機関投資家からの質問に対して、的確な答えを返せるかどうかも重要なポイントです。
ロードショーで機関投資家から質問される内容は、過去の上場実務の傾向などを踏まえて、事前にある程度推測できます。主幹事証券会社が豊富に経験を集積していますので、主幹事証券会社と協力しながら、できる限り幅広く想定質問に対する回答を準備しておくとよいでしょう。
ロードショー期間の流れ
ロードショー期間に突入すると、上場予定会社の経営陣は、非常に忙しい日々を過ごすことになります。具体的にロードショー期間がどのように進行するのか、大まかにイメージを持っておきましょう。
ロードショーの参加者
ロードショーに参加するのは、経営陣を中心とした上場予定会社のキーパーソンと、主幹事証券会社の担当者です。上場予定会社からは経営陣のみが参加するケースが多いですが、基幹事業に関する詳細な説明等を行う場合は、重要な役割を果たしている従業員を同行することも考えられます。
なお、訪問先の機関投資家が非常に多い場合には、経営陣を複数のチームに分けて訪問する場合もあります。
プレゼンテーション+質疑応答
ロードショーでは、機関投資家1社あたり1時間程度の枠が設けられるのが標準的です。そのうち前半30分程度がプレゼンテーション、後半30分程度が質疑応答に当てられます。
プレゼンテーションについては、同じ内容を複数の機関投資家に対して説明して回ることになります。投資対象としての会社の魅力がきちんと伝わるように、事前に繰り返し練習をしておきましょう。
これに対して質疑応答では、機関投資家ごとに異なる質問が投げかけられます。そのため幅広い質問を想定して回答を準備するとともに、経営陣が自社の特長をよく理解し、機関投資家の質問に対して臨機応変に回答できるようにしておくことが重要です。
1~2週間にわたり、毎日複数の機関投資家を訪問する
ロードショー期間はおおむね1~2週間程度に設定され、その期間中は毎日複数の機関投資家を訪問して、それぞれプレゼンテーションと質疑応答を行います。
ロードショー先の機関投資家の数は、公募の予定総額等によりますが、多くのケースで20社から40社程度にのぼります。毎日多くのロードショーを繰り返すのは非常に大変ですが、主幹事証券会社と協力して乗り切りましょう。
ロードショー後、IPOに至るまでの手続き
ロードショーが終了したら、実際の株式上場に向けて、IPOのプロセスは最終段階へと入っていきます。ロードショー後、IPOに至るまでの手続きの流れは、大まかに以下のとおりです。
仮条件価格帯の決定・訂正届出書の提出(1回目)
ロードショーを通じた機関投資家からのヒアリング結果を基に、ブックビルディングにおける仮条件価格帯を決定します。仮条件価格帯は、例えば1株当たり「2000円~2500円」など、幅のある形で設定されるのが一般的です。
仮条件価格帯が決定したら、金融庁に届出済みの有価証券届出書について、訂正届出書を提出する必要があります(金融商品取引法7条1項)。有価証券届出書には想定発行価格が記載されているところ、仮条件価格帯へと記載内容が変更されるためです。
訂正届出書のドラフトは、金融法務を取扱う弁護士に依頼するのが一般的です。
ブックビルディング
仮条件価格帯の決定後、一般投資家向けのブックビルディングが行われます。ブックビルディングでは、投資家が仮条件価格帯の範囲内で、取得希望価格と株式数を引受証券会社に対して申出を行います。ブックビルディングへの参加は、IPO時における株式取得の必須要件となっているのが通常です。
ブックビルディングの期間は5営業日前後に設定されることが多くなっています。
公開価格の決定・訂正届出書の提出(2回目)
ブックビルディングによって把握した需給状況を踏まえて、上場予定会社と主幹事証券会社が協議して公開価格を決定します。ここで決まった公開価格が、IPO時に株式を取得する投資家が支払う払込価格となります。
公開価格が決定すると、有価証券届出書の仮条件価格帯に関する記載に変更が生じますので、再度訂正届出書を提出する必要があります(金融商品取引法7条1項)。まとめると、ロードショー前に有価証券届出書を提出したうえで、ロードショー後に二度にわたって訂正届出書を提出ことになります。
有価証券届出書の効力発生|実際の株式発行が可能に
有価証券届出書の効力は、金融庁が届出書を受理した日から15日を経過した日に生じます(金融商品取引法8条1項)。
有価証券届出書の効力が発生する前でも、投資家向けに新規発行株式の取得勧誘を行うことはできます。そのため、ロードショーやブックビルディングは、有価証券届出書の効力発生前に行われるのが一般的です。
これに対して、実際に投資家に対して新規発行株式を取得させる段階では、有価証券届出書の効力が発生していなければなりません(金融商品取引法15条1項)。したがって、株式の発行日(払込日)は、有価証券届出書の効力発生日以後に設定されます。
株式の払込み・市場での取引開始
IPO時の新規発行株式の割当先は、ロードショーを経て取得申込みを受けた機関投資家のほか、ブックビルディングに参加した一般投資家の中から選定されます。一般投資家については、ブックビルディングで公開価格以上の取得希望価格を提示した者の中から、抽選等を経て割当先が選定されるのが一般的です。
新規発行株式の割り当てが決まった投資家は、払込日に「公開価格×株式数」に相当する金銭を払い込むことで株式を取得します。発行された株式は、上場日以降、証券取引市場において自由に売買できるようになります。
まとめ
IPO時のロードショーは、資金力のある機関投資家に対して新規発行株式の取得を勧誘するとともに、市場の需給を探るための重要なプロセスです。ロードショーの結果は、最終的な公開価格の決定に対して大きな影響を与えるため、主幹事証券会社と協力して慎重に準備を進めましょう。
ロードショーを成功させるため、上場予定会社としては、プレゼンテーションや質疑応答に向けた万全の準備を整えなければなりません。ロードショー・マテリアルの作成・プレゼンテーションの練習・想定質問に対する回答準備など、対応すべき事柄はたくさんあります。主幹事証券会社や弁護士のアドバイスを受けながら、不備のない対応を心がけましょう。
IPOの手続きの中で、ロードショーは上場予定会社の経営陣にとって最大の山場と言えます。ロードショーが終了すれば、IPOの完了まではもう一息です。その後の手続きは主幹事証券会社が中心となって進めてくれますが、不祥事などが発生して上場に影響が出ないように、経営陣としては最後まで油断せず事業運営に努めてください。