M&Aを実行するまでの流れのなかで、とりわけ重要なプロセスがデューデリジェンスです。法務部に所属している方やM&Aの経験がある方などは聞いたことがあるはずですが、M&Aに初めて関わる方にとっては聞き慣れない言葉かもしれません。
デューデリジェンスとは対象企業の調査を指し、投資家による投資判断や金融機関による貸し付け額の判断などさまざまな場面で実施されています。
M&Aでも対象企業のリスクや価値を判断する際に行われており、適切な法務デューデリジェンスを実施できるかどうかがM&A成功の鍵を握っているといっていいでしょう。
デューデリジェンスにはさまざまな種類がありますが、法務デューデリジェンスはとくに「法的リスク」に焦点を当て、リスクの顕在化による損害を回避したりM&A実施の可否を判断したりするために行われます。
この記事では法務デューデリジェンスの意味や目的などの基本情報から、具体的な調査項目や手続きの流れ、費用などについて解説します。
法務デューデリジェンスの種類とタイミング・実施期間
法務デューデリジェンスの意味や実施するタイミング、実施期間など基本情報について解説します。
法務デューデリジェンスの意味とDDの種類
デューデリジェンス(DD)とは「当然の努力」を意味する言葉です。具体的には、売り手企業が抱えるリスクを事前に把握し、買収の可否や買収価格の検討に役立てるプロセスのことを指します。
デューデリジェンスは法務のほかに財務・税務・事業・IT・人事・労務・ビジネス・環境などさまざまな種類があります。法務デューデリジェンスは法律面のリスクを洗い出すプロセスです。M&Aでは売り手企業から買い手企業に対してさまざまな情報が提供されますが、その情報が正しく、リスクに関する情報がすべて提供されているとは限りません。
そのため買い手企業の立場から提供された情報に間違いはないか、何らかの問題が発生するリスクはないかなどをチェックします。
法律面で問題を抱えたまま対象企業を買収すると、リスクが顕在化したときに多額の損失を被る可能性があります。経営や新体制に影響をおよぼす可能性も否定できず、場合によっては事業の存続に関わる事態に発展するおそれもあるでしょう。
法務デューデリジェンスでは買収前に法的問題の有無や問題があった場合の影響を確認し、そもそも買収するかどうか、リスクを受け入れて買収する場合はどのような対策を行うのかを検討します。また買収価格を決める際に、法的リスクの存在も踏まえて価格交渉を行う場合があります。
法務デューデリジェンスは誰が、どのタイミングで行うのか
法務デューデリジェンスは売り手企業にリスクがないかどうかを調査するプロセスなので、実施するのは買い手企業です。買い手企業のなかで誰が実施するのかに決まりはありませんが、法務の専門的知識が必要なので法務部や企業内弁護士が担当することになるでしょう。M&Aを積極的に行っている企業ではM&Aの専門部署が担当する場合もあります。
ただし、専門性の高い法務部やM&A専門部署がある、企業内弁護士がいるといった企業は限られています。そのため実際には、買い手企業が外部の専門家に依頼して、アドバイスを受けながら進めていくケースが多数です。
M&Aの流れと法務DDのタイミング
M&A全体では、以下のような流れで手続きが進められます。
- M&A仲介会社への相談
- 仲介契約の締結
- トップ面談
- 基本合意の締結
- 法務デューデリジェンスの実施
- 最終条件交渉
- 最終合意
上記のとおり、法務デューデリジェンスを実施するのは基本合意を締結した後、最終条件交渉の前です。基本合意の後でないと売り手企業が交渉相手を絞りきれておらず、詳細が分かる資料も入手できません。また最終合意に至った後でデューデリジェンスを実施しても原則として合意内容を覆せないため意味がありません。したがって、必然的にこの時期に実施されます。
法務デューデリジェンスの対象期間と実施期間
どの期間まで遡って調査対象とするのか(対象期間)についてはとくにルールはありませんが、3年や5年などとするのが一般的です。区切った期間より前でも必要に応じて追加で調査する場合があります。
法務デューデリジェンスを行う期間(実施期間)は、中小企業のM&Aでは一般に1~2ヶ月が目安です。ただし、小規模なM&Aであれば1~2週間、大規模なM&Aであれば数ヶ月を要するケースもあり一律ではありません。専門家へ依頼する際には余裕をもったスケジュールを組むようにしましょう。
法務デューデリジェンスの目的
法務デューデリジェンスはなぜ行う必要があるのでしょうか。実施の目的を解説します。
法的リスクを洗い出し、不利益を被らないようにすること
法務デューデリジェンスの大きな目的は、買収前に売り手企業の法的リスクを把握し、買収後に不利益を被らないようにすることです。売り手企業に法律上の問題があるのにM&Aを実施すると、リスクが顕在化したときに思わぬ不利益を被る可能性があります。
買収前に是正するなどして対策を取らなければ、M&Aによる利益の拡大やシナジー効果を得るどころか、事業の存続が危うくなる可能性もあるでしょう。是正が難しい場合はM&Aを中止することも必要となるため、M&A成約前にリスクを把握しておかなければなりません。
買収可否の判断や価格交渉の検討材料とすること
買い手企業は法務デューデリジェンスの内容をもとに、買収可否を判断します。法的リスクが高い場合はM&Aを中止するという決断も必要です。法的リスクを受け入れたうえでM&Aを実施する場合もあります。その場合はリスクへの対応策を検討したり、最終契約に損失補填の条項を盛り込んだりします。
買収価格への反映も重要な目的です。M&Aを実施する場合でも、洗い出した法的リスクの大きさや影響などを踏まえて価格交渉を行います。
法務デューデリジェンスで調査する主な項目
法務デューデリジェンスはさまざまな角度から調査を行います。以下で主な項目について解説します。
契約
契約の内容から売り手企業の債権・債務の状況を確認します。事業で発生する契約の種類は売買契約やライセンス契約、賃貸借契約や業務委託契約など多岐にわたります。
書面化されている契約はもちろん、書面化されていない契約についても調査します。たとえばM&A後も契約が存続するのか、契約に違法な内容が含まれていないか、自社が一方的に不利になる条項が含まれていないかなどがチェック項目です。
資産・負債
売り手企業の企業価値を図るため、保有する資産について所有権の有無や担保の設定などを調査します。資産には不動産や動産、金融資産、知的財産権などがあります。たとえば賃貸やリースの場合はM&A後も引き続き利用できるのか、不動産に担保がついていないのかといった点が調査項目です。負債は未払い金の有無や借入金、返済状況などを確認します。
組織・株式の状況
株式譲渡によるM&Aの場合は売り手企業が有効に設立され、現在も有効に存続しているかどうかを確認します。またM&Aの実施に際して社内手続きや法令上の手続きが適切に行われているかを把握するために、定款や社内規則、株主総会議事録などのチェックも行います。
ほかには、対象企業の株主構成や少数株主の状況などを調査します。M&A実施後に真の株主が別にいることが分かった場合には多額の費用が無駄になってしまいます。
また少数株主がM&Aに反対している場合は手続きが円滑に進まないことがあるため状況を把握しておく必要があります。株主の中に反社会的勢力がいないかなど不適切な株主の存在にも注意が必要です。
法令遵守
売り手企業が法令に違反している事実が買収後に発覚した場合、金融機関や取引先、消費者などからの信用を失うことになります。罰金や損害賠償金の支払いだけでなく将来得られたはずの利益も失うため、経済的なダメージは計り知れません。場合によっては事業の存続そのものが危うくなることもあるでしょう。
そのため法務デューデリジェンスの中でもとくに重要な項目です。具体的には業務に関する法律のほかに会社法や個人情報保護法等の一般的な法令の遵守状況、許認可関係、反社会的勢力への関与といった点を調査します。
訴訟・紛争
企業経営において生じる訴訟は知的財産権の侵害や労働トラブル、取引先との契約違反など多岐にわたります。売り手企業が訴訟や紛争に発展したトラブルを抱えていると、訴訟費用や人的コストがかかる、社会的なイメージが悪くなるといった事態が想定されます。
そのため法務デューデリジェンスでは係争中の案件はあるか、ある場合は争い内容や勝敗の見込み、請求額などの内容を調査します。
過去の訴訟については、今後も同じような訴訟に発展する可能性はないのか、訴訟になった原因が取り除かれているのかなど慎重に調査を進めます。訴訟にまでは至っていなくても、取引先や元従業員とトラブルを抱えているといった場合は将来的に訴訟に発展するリスクがあります。
こうした潜在化しているリスクもあれば対応策を検討することになります。
労務
労務は人事・労務デューデリジェンスの範囲ですが、法務デューデリジェンスでは労働条件や労働トラブル(解雇・賃金未払い・ハラスメントなど)など法律面での問題がないかどうかを調査します。とくに不当解雇や賃金未払い、サービス残業などの問題があると法令違反になるのはもちろん、元従業員から損害賠償を請求されたり訴訟に発展したりするおそれがあります。
企業の対外的な信頼度や価値が下がりかねないため、慎重な調査が求められます。
環境問題
環境はSDGsの観点からも社会的な関心が高い問題です。M&Aによって不動産を引き継ぐ場合に、工場から大気汚染物質が排出されていないか、土地が汚染されていないかなどの調査を行います。たとえば大気汚染防止法では物質の種類ごと、施設の種類・規模ごとに排出基準が定められているため、排出企業はこの基準を守らなければなりません。
違反している場合は施設や土地の利用が困難になるため、事前に調査を行います。
なお、環境問題については法務デューデリジェンスではリスクの把握にとどめるケースが多く、詳細の検討が必要な場合は環境の専門家へ依頼します。
法務デューデリジェンスの流れ
法務デューデリジェンスは以下のような流れで手続きを進めます。
外部機関への相談・依頼
まずは法律事務所などの外部機関への相談・依頼からスタートします。M&Aの概要やデューデリジェンスの予算、スケジュールなどを伝え、見積もりを出してもらいましょう。依頼することを決めたら委任契約を結びます。
資料開示の要請
売り手企業に対して必要な資料の開示を求めます。どんな資料が必要かは弁護士などの外部専門家に相談すると、チェックリストを提示してくれます。買い手企業はチェックリストをもとに請求します。
M&Aでは、買い手企業はできるだけ安く買うこと、売り手企業はできるだけ高く売ることを希望します。そのため売り手企業が自社の評価に関して不利になる資料を積極的に開示することはありません。買い手企業はこの点も踏まえて資料開示を要請します。
開示された資料に不足がないか、要請の意図にあったものかどうかをチェックし、不足があれば再度開示を依頼します。開示の依頼が漏れた結果、M&A後に重要なリスクが発覚しても責任を追及できないおそれがあります。そのため必要な資料は漏れなく要求することが大切です。
調査の実施
開示された資料をもとに調査を開始します。小規模なM&Aであれば資料の精査のみで調査を完結できる場合もありますが、資料だけでは見えてこない部分もあります。
この場合は経営者や責任者へのインタビューを行います。場合によっては実務担当者へインタビューすることもありますが、この段階では売り手企業のごく限られた人員しかM&Aの事実が知らされないため、情報が漏れないよう慎重に進めます。
ほかに、目視によって確認するべき事項があれば売り手企業のオフィスや工場などを訪問して現地調査を行います。
中間報告・最終報告
調査内容について、実施した専門家が報告書にまとめます。まずは報告書を提出してもらい、その後に報告会で報告してもらうのが一般的です。不明な点があれば報告会で質問しましょう。
調査がすべて終わったタイミングで報告してもらうケースもありますが、中間報告を設けることで重要な論点を早い段階で把握できます。中間報告の時点でさらに確認しなければならない事項が発生した場合も、資料の追加提出を求めるなど対応可能です。
最終的に買い手企業は専門家から受けた報告をもとに、M&Aの実施可否を検討します。
法務デューデリジェンスの費用
M&Aでは買収費用以外にも、税金や登記費用など買い手企業が負担する費用があります。デューデリジェンス費用も買い手負担の費用です。法務デューデリジェンスはどのくらいの費用が必要なのでしょうか。
相場は100万~300万円
法務デューデリジェンスはM&Aのプロセスの中でもとくに専門的な知識が求められるため費用は高く設定されているケースが多いです。費用は案件ごとに異なりますが、一応の相場は100万~300万円です。外部機関へ相談する段階で報酬体系やトータルでの費用の目安を確認しておきましょう。
売り手企業の規模や子会社の数によってはさらに高額になる
売り手企業の規模が大きい場合や、重要な子会社や関連会社が多い場合は調査範囲も広範におよぶため、時間がかかります。子会社が海外にある場合は高度な専門性が必要です。こうした場合は相場よりも高額になるケースが多いでしょう。場合によってはデューデリジェンスだけで数千万円の費用がかかることもあります。
費用を負担するのは買い手側企業
法務デューデリジェンスの費用を負担するのは原則として買い手企業です。デューデリジェンスにどこまでの費用をかけるのかも買い手企業が判断します。
広範で詳細の調査を実施すればあらゆるリスクを排除できるかもしれませんが、時間と費用が過大になればM&Aで得られるメリットや効果が薄くなる可能性があります。できるだけ費用を抑えつつリスクを最小化するためには、M&Aの規模とコストとのバランスを考えることが大切です。
調査範囲を事前に設定することが費用対効果を高めるコツ
デューデリジェンスの費用は作業時間や拘束時間に応じて支払うタイムチャージ方式で計算されることが多いため、調査範囲を設定しないと費用ばかりがムダにかかってしまいます。支出した費用に対して最大限の効果を得るためには、調査範囲を事前にしっかり決めておくことが大切です。
法務デューデリジェンスの依頼先について
法務デューデリジェンスの実施にあたり、どのような専門家を選定すべきか迷う方もいるはずです。依頼先について解説します。
一般的には弁護士に相談
法務デューデリジェンスを実施する専門家は弁護士が一般的です。弁護士には広範の法律知識があるだけでなく職務上の秘密保持義務があることから、安心して依頼できます。そのため依頼先の機関としては法律事務所や弁護士法人、弁護士がいるM&Aコンサル会社などが候補となります。
M&A取引に関しては、法律上の問題点が多数浮上する可能性が高く、その都度相談できる弁護士を確保しておくのが安心です。法務DD・M&A契約書のレビューを含めて依頼できる、信頼に足る弁護士を探しましょう。
ほかに司法書士がデューデリジェンスを請け負っている場合もあります。司法書士は弁護士に比べると対応可能な範囲は狭くなりますが、登記や供託などの分野で高い専門性を発揮できます。
M&Aを専門とする機関に依頼することが大切
弁護士にも専門分野や得意分野がありますので、弁護士であれば誰でもよいというわけではありません。M&Aや企業法務を専門とする弁護士に依頼することが大切です。専門外の弁護士や機関に依頼すると、思ったような効果を得られない可能性があるばかりか、重大なリスクを見落としてしまうおそれがあります。
法務デューデリジェンスを専門家に依頼するメリット
法務デューデリジェンスは自社の法務部門やM&A専門部署などで行うことも可能ですが、弁護士などの専門家に依頼するメリットは大きいです。まず、高い専門性を活かし、デューデリジェンスで把握した内容について的確なアドバイスを受けられます。
法的リスクを見落とさずに済むため、M&A後の経営に甚大な影響をおよぼす可能性も排除できます。また法務デューデリジェンスで問題点が発覚した場合には売り手企業と話し合いを進める必要がありますが、弁護士に依頼すれば円滑な話し合いが可能です。
まとめ
法務デューデリジェンスとは、M&Aを実施する際、買収対象の企業に法的なリスクがないかを確認するプロセスです。法令違反や訴訟・紛争、契約内容の法的問題などがないかを調査し、M&A実行の可否や買収価格の調整に役立てます。買収後にリスクが顕在化して多大な損害を被らないようにすることも重要な目的です。
法務デューデリジェンスは重要かつ専門性が高いプロセスなので、M&A実務に精通した法律事務所や弁護士法人などの専門機関へ依頼しましょう。